一万年と二千年前から本命は決まっている

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その昔、1頭の競走馬がいた。
天皇賞馬メジロアサマ。


種牡馬生活を始めたアサマであったが、
その期待に反して初年度の受胎数はゼロ。
アサマは世間から種牡馬失格の烙印を押された。


しかし、それでもアサマを信じ続ける男がいた。
メジロ牧場の長、北野豊吉。
北野はありとあらゆる手段を尽くし、
アサマの血を残そうと試みた。


そして5年後、北野の執念が1頭の馬を産んだ。
その名をメジロティターン。
走りにムラのある競走馬ではあったが、
天皇賞だけは何かが憑いたような強さでレコード勝ちを収め、
見事に天皇賞親子制覇を達成した。


快挙達成の2年後に北野が亡くなり、
その後を追うようにアサマも2年後に亡くなった。
13年の種牡馬生活で産まれたアサマの産駒はたったの19頭。
「ティターンの子供で天皇賞を」
北野の遺言がまた1頭の名馬を産んだ。


3歳秋までは単なる条件馬。
同じメジロでもむしろライアンの方が活躍していた。
賞金ぎりぎりですべりこんだ菊花賞。
ゴールを先頭で駆け抜けたのは彼だった。
「メジロはメジロでもマックイーンの方だ!」


翌年マックイーンは天皇賞を勝利。
3代連続制覇というメジロの悲願を成し遂げた。
ただ勝つだけでは飽きたらず、その翌年も天皇賞に勝利。
史上初の天皇賞(春)連覇、史上初の10億円ホースなど、
20世紀を代表するほどの名馬へと成長した。


日本一の牧場、社台へ種牡馬入りしたマックイーン。
牡馬の活躍馬に恵まれないまま彼は19歳でこの世を去る。
「アサマの血は途絶えるのか」
そう思い始めたその時、ついにマックイーンの子で初めて
天皇賞に駒を進める馬が現れた。
前走サンシャインSで6馬身差の圧勝。

父父父メジロアサマ
父父メジロティターン
父メジロマックイーン
母ダイイチアピール
母父サンデーサイレンス
母母父リアルシャダイ
母母母父ノーザンテースト

北野の夢はまだ終わらない。。。

◎ホクトスルタン
○アサクサキングス
▲アドマイヤジュピタ
△アドマイヤモナーク
×メイショウサムソン

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10戦と2戦ぐらい前から 愛してる
8戦目過ぎた頃から 期待は確信へ変わった
3000と200mを 先頭で駆け抜ける
君の姿を信じて 僕らファンの声援は絶えない